本福寺について

光明念佛身語聖宗 総本山 中山一之瀧 本福寺 成立とあゆみ

霊峰、基山には古代より鎮護国家を祈る霊場として一千ヶ寺を超える寺院群が頂上、山腹に点在建立されていたと、江戸時代の歴史学者、貝原益軒は宝永6年(1709年)の『筑前国続風土記』に書き遺しています。この霊山は、天智天皇の御宇に国威発揚と、万霊供養並びに疫病降伏の祈念祈祷のため、基山山頂(基肄城)を中心として、方十里に渉る広大な山岳、丘陵の浄域を卜して幽玄な山峡を加持祈念しつづけて永い歴史が流れてまいりました。そして、この霊山の中心に位置する「中山一之瀧」に信仰の霊地としての浄土が生まれ、九州一円(筑前、筑後、肥後、肥前、豊前、豊後、日向、大隅、薩摩に渡る)の信仰を集める理想郷として発光してまいったのであります。後の明治末には開祖覚恵上人、宗祖覚法上人親子は身語聖信仰の流布・興隆のために根本道場の整備を祈念し、この地「中山一之瀧」にご修法なされました。

昭和5年、寺号を「光明寺」と称し、教えを宣布。同10年、中山一之瀧霊場に四国88ヶ所より勧請の札所が開かれました。同15年、寺号を「等格院本福寺」と改号。同25年、本堂(現大師堂)落成。同49年、総本堂落慶。

同50年、光明念佛身語聖宗設立。同52年、包括宗教法人認承。平成6年、平成五重塔落慶。同23年、立教百周年記念大法会執行。等格院百年堂落慶。

この立教百周年記念大法会には各教区よりお稚児さん108名を含み、延べ2000人の皆々様方が御結縁をいただかれました。このご縁により、光明念佛身語聖宗の立教開宗の意味あいを共に学び会い、上人親子の歩まれた行願功徳を感謝の気持ちをもってありがたくふり返ることが出来ました。立教百周年をお迎えさせていただいた喜びを新たな未来に向かって長く後世へと伝えていただけますことを心よりお祈り申し上げます。

南無覚恵上人大菩薩 南無覚法上人大菩薩 南無三世覚英上人大菩薩